金曜日   仕組み小説第三部「光を求めて」
P54 平成25年7月19日(金)

 また狂っていた。いつの間にか方向が変えられてしまっていた。コロッと気持ちが変わってしまっていた。彼はそのことに気がついていたが、そのことよりももう気持ちは富士山に向かっていた。夏を待つこともできないまま、彼は五合目まで行く気になっていた。車で行くことには危険が感じられたので、電車で行くことにしたが、河口湖から富士山の五合目へのバスに乗ることを考えているうちに、富士吉田にある北口本宮冨士浅間神社のことが気になり始めた。
 北口本宮冨士浅間神社に関しては、子供の頃に家族で山中湖に行ったときにお参りしたことがあり、その時の記憶がかなり鮮明に残っていた。そこで天狗のようなものを見たことがあったからである。先日行った天狗の高尾山で富士山や浅間神社が気になったのも、そのことがあったからだったのかもしれなかった。五合目に行くのは家族を連れて行くほうがいいし、まだ寒いので、富士吉田の神社までにしておけば、明日の朝一番で出掛ければのんびり行って帰ってくることができる。子供達には黙って出掛けることにしなければうるさいので、また寝ている紀子を起こして告げたのだった。
「朝一番で富士山に行ってくるから、子供達を頼む」
「山に登るの?」
「山には今度夏にみんなで行こう。明日は富士吉田の浅間神社まで行ってくる。日帰りで十分だろう。昼過ぎには帰れると思う」
「また変になったの?」
「哲のことが気になって仕方がない。最乗寺に行こうと思っても行かれないし、何だかお寺よりも神社が気になるから、行ってくる」
「わかった。気をつけてね」
 それから朝まで一眠りして、朝一番の甲府行きに乗り、大月で河口湖行きに乗り換えて、富士吉田の北口本宮冨士浅間神社に向かったのだった。駅から歩く朝方の富士吉田の道はまだ寒かった。弓彦はゆるい上り坂の道をのんびり神社に向かって歩いていった。二十分ほどで神社に着いたが、神社は子供の時にお参りした感じとまったく違っていた。天狗の気配はなかったが、ここだという感じがする。それが何かはわからないけれども、ここでいいという落ち着きがあるのである。鳥居をくぐって静かな参道を歩きながら、彼はその安堵感を味わっていた。しかし、手を洗いお参りしても何もなかった。

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