金曜日   仕組み小説第三部「光を求めて」
P57 平成25年8月2日(金)〜

 ヘエー、能力者同士というものはそんな風に問答するものなのか。おそれいったね。こちとら何のことやらさっぱりわからない。それにしてもその後の話はいったい何なんだ。前の二人の格調高い内容とはまるで違う世俗的な内容だな。ほとんどエロ話に近いけど、それはまた何の意味があるんだろう? 神秘的な内容ばかりではちんぷんかんぷんで訳がわからないし、高度な学問ばかりでも退屈だ。そんなものは本でも読んだほうがわかりやすいからな。それに対してこのエロ話は何というわかり易さだろう。もっとも中身はないけどな。自分の性能力を誇示しようとしているんだろうか?
 それにしてもこの男の顔に浮いている恐怖感は何なんだろう? 顔が引きつるくらいのひどい表情だけど、目の縁なんか黒ずんで、まるでアザのように見えるほどだ。これはひどいなあ。何におびえているんだろう? 死だろうか?もう老人だが、まともな老人のようには思えないな。異次元がらみで相当ものすごいことがあるんだろうなあ。しかしこれだけの恐怖感を抱きながらも、この洒脱なエロ話だもんなあ。俺の恐怖感なんて身動きもできないものだったけど、この男の場合はあんなもんでないことは、会報の内容を見ればすぐわかるし、二人の講師の方は真面目で立派な人間なのに、こんな変な男に敬意を表しているわけだからな。
 右隣にいる天谷鎮夫だってこの男に深々と頭を下げて席に着いたぞ。そのときはこんながさつな男に挨拶したとは思わなかった。三人並んで座っている男性の誰が会長なんだかこちらにはわからなかったから、上座の大学教授だと思ったりして。真ん中に座っているのは若いし、著書を出している神秘主義研究者で、俺だって知っているほどだから別として。それにしてもこちらを守るようにして葉子は左隣に座ってくれたけど、葉子と天谷に挟まれている俺を見たときのこの男のすさまじい目は、まさに超能力者のものだった。俺の何を見たんだろう? 鋭くて奥まで窪んでいくようなあの目は、異次元を探るときの目だ。シュタイナーのような目で、決していい表情とはいえないな。自分の目もあんな風になるんだろうか? 嫌だな。話している今はそんな感じは消えているが、そういうことがわかる者でないと、ちょっとついてはいけないタイプと言うべきか。
 結局何の意味もないエロ話だけで終わるのか? なぜだろう? こんなつまらない話をするためにわざわざ人を集めているんだろうか? 会報の内容にあるような実践的な神秘領域の話を聞きに来たんだけど、この流れでは今日は無理か。おかしいな、違和感がこんなにあるのに、どうして拒絶感がないんだろうか? いつもの自分ならこんなことはないんだが。この男は俺のタイプでは決してない。どっちかと言えば反発するか、無視してしまうタイプなのに、何があるんだ? この話だけではわかりようもない。どうしたものか、やめるか、もう少し続けて様子を見ることにするか、どちらが正しい判断なんだろう?
 会長の話はどこかが、何かが変だった。予定を変更して話したのではないかと思われるような内容だった。天谷鎮夫がそんなことを言ったが、葉子は自分達のことをあてつけにして話しているような気がしたと語った。会が終わって皆が帰り始めたとき、天谷鎮夫は弓彦を会長の前に連れて行き、葉子と同窓の小説家で、美術評論家でもあると紹介した。
「赤い糸か。切っても切れない仲だな」
「え? やっぱり今日の話は私達の話だったんですか?」
「余計なことだったかな」
「大丈夫です。よく話し合ってありますから。それより今度の滝にこの男を連れて行ってもいいでしょうか。かなり煮詰まっているようなんですけど」
「現実の行は小説や絵とは違うぞ。その覚悟をしておけよ」
「いいんですか?」
「見学ぐらいだろう、違うか?」
「まだ勝手がよくわかりません」
「やれるならやってみるといい」
「よろしくお願いします」

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