金曜日   仕組み小説第三部「光を求めて」
P56 平成25年7月29日(月)〜

 それは宗教を受け入れるという感覚だったのだろうか? それとももっと違う何か、そこにしか自分が探し求めている何ものかは見つからない、そんな感じの受け止め方だったのかもしれない。宗教に対しての一般的な違和感や嫌悪感は払拭されていたわけではない。しかし、そうした感情を押しのけてでも前に進まなければ、それ以上自分の心の奥の欲求を満たすことができない、そういった感じの対応であったように思われた。それを良いとか悪いといって分析してみても仕方がない、とにかく内から湧き出す思いに道筋をつけずにはいられない、その手がかりを見つけなくてはならないという切迫感、そうしたものが影山弓彦を神道へと導いていったのだった。
 そしてその窓口になったのが葉子の新夫となった天谷鎮夫であった。神社へ出掛けて神職に道を尋ねるということにはなじめないものがあるため、その道先案内をしてくれる者が必要だったからである。二人が結婚する前後の微妙な時期にそうしたことを頼むことはできなかったので、彼らが落ち着くまで待たなければならなかったけれども、それまでの間弓彦は神秘主義的な修法の手ほどきをしてくれるいろいろな会や組織や宗教の案内書を取り寄せて、それなりの研究をし続けていった。
 そのなかでも天谷鎮夫が所属している研究会は、他の会とは違う何かが感じられていた。彼が渡してくれた一揃えの研究会の会報は、初期のものは手作りのガリ版刷りだったし、その色刷りの表紙は素人の泥臭いもので、かなり違和感のあるものだった。巻が進むにつれて中身はタイプ印刷となり、表紙もすっきり印刷されたものに変わっていたけれども、それは際どい神の絵で、普通ではとても手にできる代物ではない感じのものだった。それでもそれを読む気になったのは、葉子の勧めがあったからだった。少し読み進めてみると、他のものにはない独特の雰囲気が感じられたし、その内容は彼が求めているものに触れる何かがあった。
 その研究会の行事で弓彦が最初に連れて行かれたのは、毎月開催されている月例会で、五十名ほどが集まっている会場だった。老人から若者まで、男女も半々くらいのバランスの取れている集まりだった。講師陣は会長だけではなく、大学教授や神秘主義の高名な研究者といったレベルの高いものであった。講義は一般的なものであったが、最後の会長の出番になったとき、ちょっとした異変が起こった。会員と思われる壮年の男性が何も言わずに前に出ていって、黒板に文字を書き始めた。

   北の空火の海
   開けるを知らぬ闇の中
   光は南に飛び散って

 何が始まったんだ? 啓示を書いているんだろうけど、いったい何のことだろう。会報を見ると、この会は霊能者の集団のように思われるし、神秘的な能力開発を目指してトレーニングしている記事で満ち溢れている。かなり異常な感じがするけど、それをただの異常とは言わせない何かがある。それがいったい何なのか、それを確かめなくてはならないし、そこに自分にも触れてくる何かがあるとは感じているんだが。それにしてもいろんな分野、いろんな人間が混ざっているような気がするな。神道一色などという代物ではなさそうだ。
 文字はバラバラな状態で書かれ、整った文章形式ではなかった。その男性が神秘の目で見たままの状態になるように書かれていったのである。それは縦になったり、横になったり、斜めになったり、文字の間隔も一定ではなかった。光の筋があったりするようなその文字を見て、会長はニヤリと笑い、講義壇に上がって話し始めた。それはまだ若い老人であったが、荒れた感じのする顔で、その表情には恐怖感が彫り付けられるように現れていた。顔が歪むほどのもので、その背景にはすさまじいものがあることを見せつけていた。
「これは私の胸の内に預からせて下さい」

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