金曜日   仕組み小説第二部「再出発」
P2 平成23年1月28日(金)

 剛はプロの合唱団で歌っていたこともあり、才能不足もあって家業を継ぐための修養を積んでいたが、家業よりも芸術領域のことに気持が向かい過ぎて、仕事をおろそかにすることも多かった。そのため紀子かその婿が古美術商店を維持するためには必要とされていた。その下地があったところに、紀子の思いが影山弓彦に向かい始めるという展開になって、事が進んだということだった。
 しかしそうであったにしても、二人の結婚話は簡単にまとまったわけではなかった。なぜなら弓彦は哲の自殺を幇助した疑いがあり、そのことの状況説明で岩間家の家族や親族を、納得させなければならなかったからである。弓彦が予感していた通り、彼は岩間家に呼び出されて、哲の火定に対しての状況報告とか解説などをしなければならなかった。
 幸い哲の父親の友人に仏教学の元教授がいて、日本の仏教界ではそうした一時代があったことを、学問的に解説してくれていたこともあって、自殺幇助罪にもっていかれる流れにはならなかった。けれども紀子との結婚話が出てしまうという形になれば、それはそれでまた別の問題として、弓彦の立場なり思想感覚なりが問われる段取りにならざるをえなかった。
 弓彦は大学を中退してまともな仕事もしてはおらず、生活能力のない男だったので、そこらあたりにも様々な思惑が交錯する要素があった。紀子が養子を取る形なら哲の穴を埋められるため、哲の身代わりとしての養子縁組のことも話し合われた。というのも哲の母親は身体があまり丈夫ではなく、哲が自殺してからは余計弱っていたので、紀子が外に出るわけにはいかない事情もあったからである。
 兄の剛が妻帯して家を継いでいれば、そんな心配もなかったかもしれないが、彼は外国へ行きたがっていて、家を守ることにはあまり熱心ではなく、紀子に婿を取らせてでも自由になりたがっていた。そうした事情もあって、紀子は弓彦と一緒になろうとしていたのであった。もちろんそれだけが紀子が弓彦との結婚を望む理由ではなく、彼が哲の最大の理解者であり、思想的精神的に非常に近い関係にあったことが、彼女の心を大きく揺さぶっていたのであった。

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