金曜日   仕組み小説第二部「再出発」
P10 平成23年4月1日(金)

 こうした祈りごとをすることに関しては、現地に到着する前に二人の間では了解がなされていた。それは次のような会話を通してなされたのだった。 「兄が死んだ場所で、お線香を立ててお祈りしてもいいでしょうか?」
「遺言三か条の問題ですか?」
「そうです。骨を残してはならない。墓を立ててはならない。法要を営んではならない。でも、残された者は死者に対してどうすればいいんでしょうか?」
「彼は死んではいません、彼流に言えばですけれども」
「それは・・・・、私どもには・・・・」
「そうですね、当然でしょう。しかし、哲の立場で考えれば必然的にそうならざるをえないわけです。このことはあなたには話さなかったんですか」
「この前お話したように、そうした話は皆が嫌ったんです。だからほとんど」
「そうですか。理解してもらえないと見て、記録にとどめただけでしたか」
「記録はありますよね」
「あります。僕が預かっています」
「返してもらえませんか?」
「それは駄目です」
「どうしてですか?」
「あなた方は彼を受け入れなかったわけだし、彼自身がそれを処分しようとしていたからです」
「でも・・・・」
「別に見せないと言っているわけではありませんよ」
「コピーをとって?」
「そうですね。それでもいいです。でも本当に見たいんですか?」
「さあ、兄を理解できないままでいることが辛いんです」
「はあ、そうですね、兄妹家族としてはそういうこともあるわけですよね」
「普通の感情だと思いますけど。それより慰霊のためのお祈りをしてもいいものでしょうか?」
「それが間違いだと言うんです」

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