金曜日   仕組み小説第二部「再出発」
P16 平成23年5月20日(金)

 紀子は弓彦の語調が、葉子のときと自分のときとではかなり変化することに驚いていた。彼女が望んだような話にはなったものの、それは内容がまったく違うものであるかのようだった。
「遺言三ヶ条って何なの?」
「哲が死ぬ前に残した遺言があって、それは簡単な三ヶ条からなっている。一つは骨を残してはならない。二つは墓を立ててはならない。三つめは法要を営んではならない。この遺言は当然岩間家へのものではあるんだけど、立ち合った僕宛のものでもあった」
「でもあなたはそれを守らなかったじゃない。紀子さん、弓彦は哲の頭骸骨の包みをいきなり突きつけたのよ。風呂敷に包んではあったけど。死ぬほどびっくりさせられて、私はどうしてこんな悲惨な目にばかり合わされなければならないのかと恨んだわけ。わかるでしょう?」
「あなたの所へ見せに行ったんですか?」
「まさか。私が彼のアパートへ行ったのよ。ずぶ濡れになって帰ってきて寝ている所へ行って私が起こしたら、いきなり気違いじみたことをし始めたわけ。相当ショックを受けていたわね、あのときは。それがいつの間にか一変してこれだもの。こちらまでおかしくなってしまう。調子が狂ってしょうがないの」
「そうなんですか。知りませんでした」
「でも何で哲の意志を尊重しなかったの?」
「それはやっぱり他者の自分が立ち合うということだけで、家族の意向を確認することなしにはできないことだったからだよ」
「当然のことだわ」
「そのときは哲に話して同意を取りつけてはあったんだ」
「兄はそれに対して何と言ったんですか?」
「しょうがないなあ、といった感じでした」
「やっぱり重いんですよね、家族にとっては。結局今でも骨はそのままなんですから。だから私はそれを何とかしたかったんです」
「家族の方々はあの三ヶ条を持て余しているわけですか?」
「お手上げといった感じです」
「弓彦だったらどうする?」
「家族の同意があったら僕が処理をしてもいいと思っている。こちらの責任でもあるから。でも反対されてしまってまだできないでいる」

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