金曜日   仕組み小説第二部「再出発」
3 P17 平成23年5月27日(金)

「それでいいんでしょうか? 野口さんはどう思われますか?」
「私には重くて耐えられないなあ。ごめんなさい、やっぱりこんな話は今の私には身にこたえるほど辛いのよ」
「そうなのか、じゃあもうやめよう。紀子さんこのことはまたいつか改めて話し合いましょう。今度哲の手記を届けに店の方へ伺います」
「お願いします」
 そういうことで哲関連の話題は終りとなった。空と海は青く、陰気で暗い話を続けるには明る過ぎた。若い三人には若い世代向けの話題はいくらもあった。傷ついた二人の女性を華やいだ感覚に向け変えるために、弓彦は当たりさわりのない世間並みの情報を放出していった。彼自身も哲に対する責任に関しては重圧があって、その場所ではどうしてもそちらに引きずられそうになってしまいがちだったので、話の流れ具合は好ましかったのだった。
 常日頃都市の汚れた大気の中で、汚染されて生きていると感じ続けている弓彦にとって、自然が豊かなその海岸は、生命の息吹があふれていて、彼の疲れた精神を癒してくれていた。もっとも彼の精神に以前のような暗さはなく、輝くほど明るかったのだが、その明るさの中には病んだ都市の疲れのようなものが残っていた。それは彼の人生の前途が未だに開かれたものとはなっておらず、生活の道筋が見えないところから来ていたのだが、その調整をするためにはまだまだ時間がかかりそうだった。


  3
 光の体験は弓彦に重大な影響を及ぼし始めていた。あの時の強烈な光の刺激はその場かぎりのものではなくて、彼の人間性を一変させるほどのものとなっていた。死に傾斜する暗い精神は消え去って、二度と戻ってはこなかったし、それに代わる内的な輝きも明るさを失うことはなかった。その不可思議な現象は時が経過しても、彼の肉体ばかりでなく意識にも残り続けたため、弓彦はその原因と意味を知りたくてあれこれ資料を探してみたが、なかなか彼を納得させるだけのものが見つからなかった。

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