金曜日   仕組み小説第二部「再出発」
3 P25 平成23年7月22日(金)

〜で外国に出掛けようとしていた。それは長い間にわたって彼の内ではぐくまれていたもので、親の後を継ぐ形で家業の奴隷になるだけでは納得できないという悪あがきから来たものではあったが、それはそれなりに理屈の通る思いであるとはされていた。
 古美術商という家業に関する岩間家の事情にかかわることは、弓彦にとって当面の関心事ではなかった。彼にはそうしたことよりも、自分の内部で起こる未知の現象の方に興味があって、それがたまたま岩間家の古美術や骨董類で触発されている、そのことを重要視していたのであった。そのことは職業的な領域で誘発されていたのか、それとも紀子という女性がらみで進行していたものだったか、そこらあたりに関しては、弓彦にも正確に分析できていたわけではなかった。彼に対する紀子の感覚は、彼が自覚している以上に深くて、謎めいたものであったからだった。
 都市の中心の街にある岩間古美術商店に通い続けているうちに、骨董品だけではなく、岩間家の背景や紀子のことも、少しずつ弓彦の知るところとなっていった。いろいろな書画骨董類に触れることから、新しい感覚がどんどん開発され、研ぎ澄まされていくのではないかという彼の予感は、必ずしも正しいものではなかった。かすかに何かの気配が感じられるものもあったが、ほとんどのものは彼にとっては何の意味もない、ただの骨董品でしかなかった。
 しかし彼は諦めなかった。毎日のように出かけていく店に紀子はいなかった。大学生である彼女は、卒業を前にして次の人生設計をしなければならず、それなりに真剣に取り組んで、大学にも真面目に通っていたからだった。そうなると当然のことのように店主の厳三郎との接触が増えてくるわけで、いつの間にか店番をしながら、書画骨董の勉強をする形になっていった。店主は必ずしも彼を受け入れてくれていたわけではなかったけれども、紀子がよほどうまく取りなしてくれているらしく、嫌な思いをするということはなかった。
 骨董品に妙な気配のようなものを感じる能力に関しては、哲の問題のこともあって無視されるようなことはなかったが、かといってそこに価値を置くという反応でもなかった。そのこともあってか、そうした感じは芽を出す機会を失ったかのように静まってしまったのだった。そのことが弓彦にとって良いこと〜

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