金曜日   仕組み小説第二部「再出発」
4 P27 平成23年8月5日(金)

〜含んでいたのである。
 書画骨董への最初の興味がおさまってきて、再び影山弓彦という本来の自分の感覚がよみがえってきたとき、彼は自分を確かめる意味を込めて、同じ街の表通りにある宝石店に出掛けていった。彼岸の岬から帰ったあと、彼は葉子に会っていなかった。どちらも自分の生活転換のための調整に気を取られていたからだった。弓彦にとって葉子は、どうしても会わずにはいられない、あるいは会わなくてはならない女性ではなかったし、葉子の方も彼でなければならないという、切羽詰まった思いがあるわけではなかったからだった。
 円筒形で有名なビルの中にある宝石店に勤めることになった葉子は、さっそく美人の店員ということで、週刊誌に写真付きで取り上げられていた。要するに彼女はそうした女性であって、どこにいても目立ってしまう美しさを備えていた。だからいつでも周囲には男が群がっていたし、気品のある清楚な雰囲気は、弓彦と対応するときの激しさとは別物に思われた。彼女は彼に対するときだけは、どういう訳か対抗意識がむき出しになってしまうのだった。それでいて相性のようなものは変にいいので、気がねなしに接触することはできるのだった。
 朝方岩間古美術商店に行く前、人出のまだ少ない時間帯を見はからって、弓彦は葉子のいる宝石店に出掛けていった。そして、店が終ってから夕食を共にする約束を取り付けた。忙しくてゆっくり話す暇もないのかと思っていたが、それほどのこともなく、その日の夕方に話すことができたことは、弓彦にとってはありがたいことだった。こうしたことでめんどうな手間隙をかけることが、彼は嫌いだったからである。
 街のフランス料理店で遅い夕食をとりながら、二人は彼岸の岬以降、久しぶりの会話を交わした。お互い新鮮な感じがしたのは、両者の生活環境が変っていたからだったろう。三か月ほどの間に二人は変貌していた。この半年ほどの間に二人共歩調を合わせたかのように、それぞれの人生の激動期を乗り越えて、新しい段階に入り始めていた。弓彦が岩間古美術商店に通っていることに関しては、葉子は素直に喜んだ。彼女の方も環境が変ったことで、それまでの閉塞状態から開放されて、必要以上に彼に取りすがる必要がなくなったからだったろう。〜

back next
e-mail:ksnd@mail.ksnd.co.jp
Copyright © 2011 Kousendou,Inc. All right reserved.