金曜日   仕組み小説第二部「再出発」
6 P45 平成23年12月16日(金)

 三年間の古美術研究はそれなりの経験となっており、彼なりの角度から日本画の批評が出来るようになりつつあった。そして、とりあえずは浮世絵の写楽を取り上げ、彼の独特の視点からとらえた研究論文を書き上げることに成功していた。それは紀子の父親に受け入れられて、古美術の専門誌に載ることになった。その独自の新鮮な感覚は、業界に刺激を与える新しい才能であると評価され、その後の連載の依頼が来ることになったのであった。思いがけないところから文筆業の道が開いたことに彼は驚いたが、喜びと同時に戸惑いも感じたのだった。小説が書けなくなるのではないか、という不安が広がり始めたからだった。
 人生は思いがけない所で歪んだりねじれたりする。広がったりしぼんだり、思うようにいかないと覚悟していた彼には、そうした展開は自分にはない運命の萌芽のように思われたが、それは紀子という存在があってのものだった。葉子とは明らかに違うそのエネルギーは、彼女が彼を利用しようとした形ではあったかもしれないが、そのことで彼の道も開かれていく、何か信じられないような展開でもあったのだった。その一方で、もしかして葉子の言うように、その陰に哲の存在があるとしたら、それをどう受け止めたらいいのだろう。彼は子供の世話をしながらそうしたことも考えずにはいられなかった。
 岩間家に嫁として入ったナターリエは、落ち着きのある賢明な女性で、美術製本という地味な仕事にふさわしい雰囲気があった。ヨーロッパには個人蔵書のための特別製本や古書の修復をする伝統的な仕事があるが、彼女は図書館でその仕事をしていたのだった。日本の現代書籍にはほとんどその仕事はなく、図書館製本といって痛んだり壊れている本を図書館用に修復するくらいのものである。和書の場合でもその修理は地味なもので、ヨーロッパの製本のような華やかさはほとんどない。その意味ではあちらから日本人向けに取り寄せるか、好事家に働きかけて需要を掘り起こすしかない。
 店主の厳三郎は学術的な領域に顔が利いていたし、長男の剛の周辺にもそこらあたりの手づるがありそうだということで、仕事としてはかなりの期待がかけられていた。ナターリエはたちまち日本や岩間家になじんでいったが、婿として入ったわけではない影山弓彦は御用済みとなって、紀子と共に別生活を改めて始めることになっていったが、新しい生活はやはり容易なことではなかった。紀子は育児に当てる十分な時間がなくなってしまったため、必然的に弓彦が子供の世話をしなければならなかった。

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