金曜日   仕組み小説第二部「再出発」
6 P53 平成24年2月24日(金)

「そうですか。製本の仕事って面白いんですか?」
「根気のいる地味な手仕事だから、あまり面白くはないな。ナターリエにまかせてこちらは外回りに専念した方が良さそうだ」
「僕にも教えてください。自分の本を美術製本してみたい。カバーを被せてごまかす日本の本だけでは、やっばり物足りない気がしてしまう」
「ナターリエに教えてもらうといい。それよりお前の本を特別製本して、読者に売ってみないか? それぐらいの作家になってこちらに儲けさせてくれよ」
「いいですね、それ。今はまだ誰もそんな高いもの買ってはくれないだろうけど、いいなそれ。なんか創作意欲が湧いて来る感じ」
「それはそうとお前のあの程度の文章で美術評論家とか小説家になれるなら、俺も音楽評論家になろうかな」
「今まで考えたことはなかったんですか?」
「歌うことばかりで、音楽を文章にすることなんて考えてもみなかった」
「まだ諦めきれないでいるわけですか?」
「跡継ぎというのは因果な商売だよな」
「だけど古美術商は脇から見ると、それほど悪い仕事には思われませんよ。芸術がらみになっているわけだし。だけどなんで美術製本だったんですか? そこまで音楽にこだわるとすれば畑違いでしょうに」
「学校の先輩に巨匠の楽譜を美術製本している奴がいて、それが変にいいわけだ。それでちょっと興味が湧いたんだな。それが俺にとっては好機となった。ナターリエは俺の最高傑作だから。音楽がらみではないけど」
「いい人ですね。子供も出来たそうだし」
「そうだな。俺もいよいよ年貢の納め時かもしれない。だけどお前は自分の願望を達成させたことになるわけだよな」
「そうなりますけど、そうたくさんは書けない。出来ることなら評論家にはなりたくないんですけどね」
「骨董屋の方がまだいいのか。贅沢言ってる」

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