金曜日   仕組み小説第二部「再出発」
P54 平成24年3月2日(金)

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 影山弓彦と紀子の間に二人目の子供が生まれたのは、弓彦が二十七才、紀子が二十五才のときだった。女の子だった。名前をどうするかについては、なかなか意見がまとまらなかった。昇のときには紀子はほとんど抵抗しないで受け入れた。しかし、女の子を「誇」と名付けようとした弓彦には、かなり強硬に反発したのだった。「ほこり」と読ませたが、固過ぎて女らしくないというのがその理由だった。
「男だったらそれでもいいかもしれませんけど、もっと柔らかいものにしてほしい」
「自分だって女のくせに男の領域に入りこんだじゃないか」
「碁のことですか?」
「そう、女の仕事にしては固過ぎる。女にしては違和感がある」
「そんなこと言ったって、平安朝の女は碁を楽しんでいたんですよ」
「あれ、そうなのか。知らなかった。だけど武家社会以降現在に至るまで、ほとんど女は打たないじゃないか」
「それは男の身勝手からでしょう?」
「それはそうだけど『ほこり』と読ませれば、女で通るじゃないか。確かに字は固いけど」
「でもどうして『誇』なんですか? まるで男みたいだし、嫌味で付けているみたい」
「反対だよ。この子は自分の誇りだから、また誇れるような人間になってほしいという意味合いもある」
「それはわかりますけど、まるでほこりっぽいし」
「それなんだよな。だけど物事にはすべからく裏表がある。誇りになるかほこりになるかはその人間次第ということで、人生道を体現して行くことになる」
「ほかに候補はなかったんですか?」
「『宝』なんてのもあるよ」
「あなたは女にコンプレックスでもあるんですか? 何か変ですよ。素直ではない」
「そうかな、僕は君との間に生まれた女の子が誇らしくて仕方がない。満足な人生など送れないと考えていた自分には、これ以上の展開はないほどで、君にはいつも感謝している。君がいなかったらここまでは来れていないことは確かだから」
 そう言われて紀子は黙り込んだが、納得したようには見えなかった。その証拠に自分でいろいろ名前を考え始めたし、実家に相談したりもし続けたのだった。あちらには兄嫁ナターリエの男の子がいて、その名はヤン・K・岩間といった。彼女はその名が気に入っていて、自分の子もそうした名前であってほしかったのだった。

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