金曜日   仕組み小説第二部「再出発」
8 P63 平成24年5月11日(金)

 紀子が仕事でいないときには、彼は二人の子供を車に乗せて、近くの川や丘陵の森に連れて行った。川では釣りをしたり、子供を川遊びさせ、武蔵野の森では失われ続けている自然にできるだけ触れさせることで、都市の荒廃に染まらないような育児をすることに心掛けていた。そのことに関しては紀子の不安を和らげる効果があったので、子育てに慣れ続けていた彼は、彼独自の感覚で子供に接触することもできていた。そして、彼の感覚に異次元の回路が少しずつ開かれ始め、そのことがかえって子育てに生かされることになっていったのは、やはり紀子の存在が大きかった。
 弓彦だけであったとしたら、そちらにのめり込むような現象も、紀子の恐れや心配を前にすると薄れてしまい、世間並みの正常感覚を保つためのトレーニングを、子供に対しては特にしなくてはならなくなるのだった。というのも子供は二人とも異次元感覚を持っていたからであった。そうした感覚は、それを持たない普通の大人にとっては異常でも、自然に身についている子供にとっては当たり前のことなので、それを世間並みに調整することが必要だった。
 親の立場からそうした調整をすることは、弓彦にとってそれほど難しいことではなかったが、男の子の昇と女の子のゆみこの感じの違いには戸惑うところも多かった。昇が哲を感じさせるのに対して、ゆみこは葉子の子の征司を感じさせる問題で、それぞれに対してどう対応すればいいのか、それを明確にすることができなかったからだった。
「お父さん、哲おじさんがまた来たよ」
「何か言っているか?」
「なんにも言わないでだまって見ているだけ」
「いつものように?」
「そう、いつものように」
「何か言いたいことがあるのかどうか聞いてみて」
「もう行っちゃった」
 哲が何かを言うことはほとんどなかった。昇は哲の姿を見ることができていたが、哲は普通の服装のままで、僧の姿ではないようだった。彼が何をするために昇のところに来るのか、弓彦は確認し続けていたが、なかなかわからないままだった。

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