金曜日   仕組み小説第二部「再出発」
8 P67 平成24年6月8日(金)

 征司が離れてから間もなくして、葉子から都合がつくならすぐにでも会いたいという電話が入った。それを受けて弓彦は次の日の夕方、子供を岩間の実家に預けていつものレストランに向かった。葉子の雰囲気は変わっていた。ゆみこに現れたような変化が彼女にも現れていたのである。
 レストランではフランス本場のシャンソン歌手が、日本人にはないパリの雰囲気たっぷりに歌っていた。その歌に聞き入っている葉子には、フランス文学風の香りと、その店常連の持つ異国情緒のようなものが漂っていた。過去を背負った暗い陰は消えて、まるで日本から解放されたとでもいうような自由な様子だった。
「わざわざ呼び出してごめんなさい。電話で話しても良かったんだけど、大事なことだったから直接話してお礼を言いたかったの」
「征司君のことだね」
「そうなの。ありがとう。やっと離れてくれたみたい。そんな感じがあったから行者さんに確認してもらったら、やっぱり離れているということで、何があったのかと逆に聞かれちゃった。あなたがとめたから言わなかったけど、彼は自分がやったとは思っていなかった」
「離れてどこへ行くんだろうか? 消えてしまうのかな」
「あなたはまだ受け入れられないのね。向こうには別の世界があるのよ。哲だって向こうで生きているでしょう?」
「向こうって? 霊界とか天国や地獄のたぐいのことか?」
「征司は神界に行ったみたい。哲のいる仏界とは違うらしい。だから接触できなかったのかもしれない」
「哲はほんとに向こうにいるのかな。何をしているんだろう。征司君はこれからどうなるんだ?」
「それはわからない。むこうで世話をしてくれるんじゃないかしら。これでやっと私も重い荷を降ろすことができた。やっとね。お礼にフランスに招待するから一緒に行かない?」
「それは無理だろう」
「どうして? 取材旅行ということにすればいいじゃない。文学であれ、絵画であれ、音楽だってヨーロッパなしでは語れないわけだし」

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