月〜金曜日   聖なる地
P1 平成24年5月31日(木)〜

 オーストラリアのシドニーに日本人の移住者が暮らしている家がある。そこへ日本から一人の男がやって来た。名前はワタルといって、移住者の住吉家とは縁戚関係があった。ワタルは戸主の信晴の甥であった。次男の勇吉とは当然従兄弟ということになるわけであるが、ワタルは勇吉と仲がよかった。というのも勇吉が日本の大学に留学していたときに、ワタルの実家である住吉家に滞在していたからだった。ワタルも何かにつけてシドニーに遊びに行っていたので、シドニーばかりではなく、勇吉に連れられてオーストラリアの各地を巡り歩いていた。
 ワタルは神話が好きだったので、オーストラリアの原住民であるアボリジニの神話を調べ、聖地の山々へも出掛けて行った。オーストラリアの山々の最高峰であるコシウスコ山は、山上近くにまで車が入れるし、観光地化しているので簡単に行けた。中心部分にあるエアーズロックは人気のある聖地だし、そのほかケアンズなど各地のアボリジニの聖地に行くこともできた。しかし、先住民のアボリジニは自分達の神々を守って進化を拒み続け、白人のキリスト教による同化政策にも頑強に抵抗していて、かなり危険だということで、あまり深入りすることはできなかった。
 しかし同化している人々もいて、それなりに接触することもできないわけではなかった。もっともワタルは神話学者ではなかったし、アボリジニを専門に研究しているわけでもなかったので、現地系の彼らと接触していたわけではない。ところが変なところからそちら系の女性と接触することになっていったのだった。勇吉がワタルをあるクラブに連れて行った。そこで混血のアボリジニの女性と出会ったのだった。
 先住民のアボリジニの肌は黒く、髪の毛は金髪(子供はほとんど全部)、アフリカの黒人とは違う不思議な人種である。もちろん原始的であるには違いないが、普通の黒人や原始人とは違うとされている。イギリスの植民地となってからは、狩猟の的にされて狩り立てられたというから、猿の一種くらいにみなされていたのだろう。現在ではそのほとんどが保護下に置かれているが、白人の同化政策に徹底して反発し続ける彼らに根負けしたオーストラリア政府は、とうとう彼らの立場を認めて、それまでの非道を謝罪するとともに、同化政策を改めることとなったという流れがある。
 もっとも同化を受け入れた種族もあり、そうした種族の中には混血も多く、容姿も種々雑多に変化していったとのことである。ワタルが会ったのは、クリーム色の肌をした金髪の女の子であった。年は二十六才で、職業名はサラ、もちろん現地系の英語を話していた。純度の高いアボリジニは英語を話すことすら拒絶して、自分達のすべてを守ろうとしている者達もいるらしい。そうした先住民たちを保護するために、移民系の支配者組はかなり気を使っていると勇吉は言う。それも所詮は天然記念物として温存しようとする進化組のご都合主義でしかないのだろうが、それだけ数が減ってしまったということではあるのだろう。
 しかし、アボリジニの側からしてみれば、まだまだ守らなくてはならないものがあったのだ。サラに会ったとき、ワタルはそれを教えられた。彼女は娼婦だったけれども、シャーマンでもあったからだった。彼女の口からは迫害を繰り返したイギリス人に対する呪詛が吐き出されたが、それは彼女自身のものではなく、先祖方のものだった。それは特定の先祖ではなかった。女ばかりではなく、男も混じっていた。そんな体質が嫌われて彼女は売られたのだろうが、外国人のワタルの足下を見てのことだったのだろうか、そうした人気のない女を回してきたのだった。もちろん勇吉が彼女を指名したわけではなかった。だがワタルにとってはそれが幸いだったのだから、世の中とは不思議なものである。
 サラはワタルが移住系の日本人ではなく、日本本土からの旅行者であることを知ると、それなりの興味を示して、日本のことをいろいろと聞いてきた。彼女は北海道へスキーをしに行ったことがあるということで、それなりに日本のことも知っていたのだった。そうして彼女との付き合いが始まったのだった。ワタルは彼女を外に連れ出して遊ぶことが多かった。

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