月〜金曜日   夢かうつつか幻か
P1 平成23年10月25日(火)〜

 桃源郷に「どろぼう佐田街」と呼ばれる色街がありました。そこに色小路危子(あやしこ)と呼ばれている若い女がおりました。男という男があこがれるような容姿で、並みいる男を手玉にとっておりました。危子には年季奉公のノルマがありましたから、街の中心にある店に連れてこられてからしばらくは、一生懸命働いておりました。しかし、次第に男に飽きるようになってしまって、男のえり好みをするようになりました。それでも店に不利益になるほどではなかったために、店主はそれを許して好きなようにやらせておりました。
 危子は取りかえ引きかえいろいろと、男を好みで取り扱っておりましたが、年季明けが早まるにつれて選び方がさらに狭まっていきました。その中の一人に黒い美男子がおりました。若くてたくましく、黒びかりがするほど純度の高い黒い肌で、それはそれは美しいと感じられる男でした。名をダンコンと言って、アフリカのどこかの国からやって来たとのことでした。男の方は必ずしも危子専門ということでもなかったようでしたけれども、彼女の方が普通とは違う対応をしてきたために、それが興味深くて、たびたび彼女の元に通うようになったのでした。
 二人はもちろん色街遊びはしましたが、そのことよりもっと別のことに興味を抱いたのでした。危子は特殊な感覚の持主で、それで「あやしこ」と名付けられたのですけれども、彼女の特殊感覚は普通のものとは違ったもののようでした。というのも他の特殊感覚の持主とは波長が合わず、いつも独りでその感覚と取り組んで、さらに磨きをかけていたのでした。そのエネルギーや波動があまりにも強過ぎるため、みんなは彼女を避けるようにしておりました。みんなの中に入るとどこかしらが乱れ、何かが狂ってしまうため、彼女は「危子=あやしこ」と呼ばれるようになったのでした。
 客を相手にするときは、努めて穏やかに男に従うフリをしていましたので、しばらくは穏やかに日々は過ぎていきました。しかし、いくら年季奉公のノルマがあるからとはいっても、嫌な男にまで従順に従い続けることは、彼女にとっては耐え難いことでした。世間で耐えることには慣れておりましたが、客を取る色街でのさらなる忍従は、倍加するよりも乗倍加していくような苦痛がありました。それはアマゾネスが男に身をあずける辛さとでも言えばよかったのでしょうか。
 その思いは危子の内側のものであって、端からはずいぶんと我儘で身勝手な振舞いをしているように見えました。それは静かに我慢することに耐えられなくなったとき、相手を突き刺すような言葉が出てくるため、客の方が身を引いて彼女を受け入れるからでした。必ずしもそれは強い語調でも破壊的な表現でもなく、穏やかに語られるのですが、相手をひるませる何かがあったのです。ですから表面上は激しい駆け引きはないのですが、どこかしら彼女が男を弄んでいるように見えたのでした。
 そうしたことがあっても危子の女の魅力は失われず、押さえている分それが容姿に神秘的な雰囲気を漂わせることとなって、彼女の人気は衰えないのでした。しかし時がたつにつれて、危子の波長に合わない者は離れ、退けられていったのでした。そして残った男の内の一人がダンコンと名乗る黒人の美男子だったのでした。彼は彼女の特殊な言葉に戸惑うより、それを心地良いと感じる青年でしたので、二人の会話は楽しいものになったのでした。

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