月〜金曜日 短編小説「ネヴァ川のほとりで」 | ||||
P10 平成23年10月11日(火)〜 | ||||
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「明日までの約束事は守ってくれるだろうね」 「それはもちろん守ります」 「ドストエフスキー探訪だけはこなして帰りたいけど、うまくいくかな」 「時間はあるはず」 「ともかくホテルに入ろうか。食事もしなければならないし、部屋でも話はできる」 「まだ早いからもうしばらく川のほとりで話したい」 「それならここでもいいけど、仕事のこと?」 「そう。どんなことをするのか知りたいから」 「それより君にそれだけの自由があるかどうか、そちらの方が心配だ」 「それならあなたに頼んだほうが早い」 「どうして」 「ロシアの高官に話してほしい」 三剣はあっけにとられてアンナの顔を見返した。そんなことは彼には考えられもしないことだったのである。ロシアで仕事をするための便宜をはかるため、そうした依頼をすることはできた。日本でこちらが使うことは考えてもいなかったので、とっぴょうしもないことに感じられた。しかし、言われてみればそれほど不自然でも、不可能なことでもないようにも思われるのであった。 「驚いたな。ずいぶんと思いきったことを考えるんだね」 「だってあなたが言い出したことでしょう?」 「それはそうだけど、それではまるっきり立場が反対になってしまう」 「今でもまだお付き合いはあるわけだから」 「でもこの場合はうまくいかないよ、たぶん」 「おじさんにも頼んでみる。何とかなるかもしれない」 「なるほど、そういう手もあるのか」 「だからあなたの方の話を確実なものにしてほしい」 三剣がアンナのことを考えるより、アンナの方が日本や三剣のことをずっと深く、以前から考えていたのではないかと思われるような対応で、彼は改めて彼女のことを考え直さなければならなくなっていた。今まではほんの軽い気持で、遊び半分に扱ってきたが、外国調整の厳しさや危険も覚悟しなければならない領域に入ってしまった実感があった。余計なことに首を突っ込んでしまったのかもしれなかったが、今更引っ込みのつかない状況に、逆に追い込まれてしまってもいたのだった。しかしその程度の課題もこなせないようでは、今後の三剣の世界戦略など夢のまた夢に終るしかない。なんとか前向きに取り組まなければと、三剣は思うのだった。 「嘘をついてだますつもり?」 「そんなことはない。まともに考えてはいるよ。ただあまりにも急だから」 「あなたの仕事は面白い。私も興味があるからぜひやってみたい。だからどういう仕事になるのか具体的なイメージがほしい」 「それは要するに、ロシア政府にこちらが期待していたような仕事ということになる。こちらとしては思いがけないスタッフを確保することになる」 「忍者の仕事?」 「アッハッハ、違う。そのことは心配しなくていい。仕組みの仕事になる。国際担当部を創設する。うまくいくかどうかは君の能力にかかっている。具体的に言えばそんな感じ。わかるかな」 「わかる。うれしい。実現できるといいけど」 それは三剣にとってもまったくの未知数の計画で、今までは頭の中にあるだけのものでしかなかった。しかし、思いがけないところからその夢が実現しそうになってきた。まだまだ越えなければならないハードルはいろいろあったし、アンナの身分の問題などは相当高いハードルで、トラブルが起こる可能性もかなり高いように思われた。それをロシアの秘密警察に頼んで処理してもらうということになるとすれば、そしてアンナが自分から叔父に直接その依頼をするということになるとすれば、彼が彼女を雇う権利を確保することは現実味を帯びてくる。しかしそのときは、ロシア側が警告した逆スパイの形も生じてしまう。 |
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