月〜金曜日   短編小説「ボクサーの卵と女」
P2 平成23年5月10日(火)〜

 試合は、年下の選手の期待された反攻は一向に見られず、年上の選手の手数だけが目立ったが、かといって圧倒するほどの強さがあるわけでもないらしく、劇的な展開になっていく様子はなかった。華はリング上の二人に向けていた関心を窓際の若い男に移した。彼がいったい華の何を気にしているのか、調べたくなったからだった。若い男がボクサーであるのは間違いなかった。しかもリング上の二人やジムにいる他の誰よりも強いボクサーではないかと思われた。そして彼は華という女に興味があるのではなく、観衆としての華に関心があるように思われた。
 観衆の注視や歓声を求めてボクシングをしている男、しかしまだプロではなく、世界チャンピオンを目指してトレーニングを積んでいる環境にいる、そういうことがわかり始めた。そして驚いたことに彼はミタマが開いていたのであった。『それでこの子は私を気にしていたのか』と華はうれしくなって意識で笑った。そうして華と若いボクサーとの内的会話は始まったのであった。
「あなたはどなた?」
「この子の先祖」
「元ボクサー?」
「戦士」
「原地系?」
「もちろん」
「革命派?」
「まあそれはそれとして、この子のことについて、関心は?」
「あなたが私を気にしているの?」
「そう」
「どうして?」
「ミタマが光っているから」
「この子も開いている。いつ頃開いたの?」
「かなり前、ボクシングに命を賭けたとき。三年ほど前」
「ボクサーにとってミタマが開くのは不利なのでは?」
「そうかもしれない。それでも開いてしまったのだから仕方がない」
「強いの?」
「ここらあたりでは突出している」
「あらぁ、それは素晴らしい」
「グラブから光が出るときがある。それで相手を倒すことができる」
「まあ、そうなの。驚いた」
「実はそれで親が困っている」
「どうして?」
「ここを離れてもらえないだろうか? あまりこうした交流を近くで続けていると、この子が変になるから」
「そう、それならそういうことにしましょうか」
 ということで華はボクシングジムの窓際から離れて、街を歩き始めた。ボクシングの試合には興味を失っていたし、その場所を離れても交流はできそうだったからであった。
「どうして親が困っているわけ? バックアップはしないの?」
「それどころじゃない。この子は学校へも行かずにボクシングに命を賭けてしまったんだ」
「ボクシングで生きていければいいわけでしょう?」
「それはそうだけど、ボクシングで生きていけるほど人生は甘くはない」
「働かないの?」
「働きもしないで世界チャンピオンを目指している」
「それは素晴らしい」
「親は大学へ行って勉強して、普通に生きてほしいと願って泣いている」
「そうなの? 世界チャンピオンになれればいいじゃない」
「他人ごとだからそんなことが言っていられるんだ。この子の家は家柄がいいし、裕福なんだ。まともになってもらわないと困るわけで」
「裕福な親に甘えているわけ?」
「というよりも、ハングリー精神が必要ということで、自分をわざと逆境に追い込もうとしているつもりでいる」
「フーン。親元にいるわけ?」

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