月〜金曜日   短編小説「あなたはエンジェル」
P1 平成23年1月28日(金)〜

「あなたはアンジェル、あなたはアンジェル」とアンジェラは言った。
「アンジェルって?」とタケルは聞き返した。
 アンジェラは両手を横に広げて鳥の羽のように動かした。
「ああ、エンジェルのこと」
「そう、アンジェル」
「日本では天使はエンジェルって言うんだよ」
「エンジェル?」
「僕はエンジェルになるわけ?」
「そう。アンジェル」
「でもどうして僕がエンジェルなんだい?」
「身体の苦しみを治してくれたから」
 アンジェラの首筋はこりにこっていて、それが頭にまで抜けて鋭い痛みにまでなるらしい。背筋にも固いしこりが、特に両の肩甲骨の間にあって、それは簡単にほどけそうにないほどのものだった。
 アンジェラがあまりにも痛がるので、行為が終ったあと、気まぐれにちょっと指圧をしたのがきっかけだった。タケルは指圧の心得があったので、何かのときにその技術を使うのであるが、だいたい誰にでも喜ばれるほどには上手だった。しかし、エンジェルとまで言われたことは初めてのことだった。よっぽど苦しかったに違いない。
 一度目のときはそれだけのことだった。それだけで終ると思っていたのだけれども、彼女があまりにもしつこく呼ぶので、また会ってみる気になった。というのも、彼女の呼び方はタケルの意識にからみつくばかりではなく、彼の身体に彼女の痛みが移ってくるような呼び方をしたからであった。一度指圧したくらいで全快するほど軽い症状ではなかったし、彼女がエンジェルに祈りながら待っていた「救い手」にされたようにも思えたので、改めて様子を見に行くことにしたのであった。
 渋谷の店で二度目に会ったとき、タケルはさりげなくアンジェラに聞いてみた。
「ねえアンジェラ、エンジェルって僕のことを呼んでいた?」
 アンジェラは「フフ」と軽く笑っただけでそれには答えなかった。彼女の身体はまだほとんど前のときと同じぐらいにしこりが戻っていて、前と同じように苦しがっているように思えた。特に胸に関しては両方の人差指を乳首に当てて隠し、痛いと言って触らせないので、まだ相当痛いのだろうと思われた。
「まだ頭に抜けるような痛みが出る?」
「ちょっと楽になっている感じ。でもまだまだ、かえって痛くなるようなときもある」
「そうだろうね。どれ、ちょっと右手を出してごらん?」
 アンジェラはタケルに言われたとおりに白いきれいな右手を差し出した。彼はその手を両手で取って指を一本ずつ丁寧に指圧し、按摩していった。
「気持ちいい」と彼女はうれしそうに言った。彼は掌を上に向け、両方の小指を彼女の右手の小指と親指にからめ、両親指で掌の中央を指圧し、掌を開いたり閉じたりしながら、手の調整をしていった。彼女は眼をつぶり、信頼しきったように右腕を彼にあずけていた。
「気持ちいいだろ?」
「うん」
 右手の指圧と按摩を終えて左手に移り、腕の調整も一通りして、首筋を調べてみたが、まだまだ凝り固まったゴリゴリの筋があって、それは簡単にはほどけないことが感じ取れる。
「ずいぶん溜まっているなあ」
「肩の骨のところも痛い」
「肩甲骨のところだよね、この前ちょっとほぐしたやつ」
「そう」
「どれ、ちょっとまっすぐに座ってみて」

back next
e-mail:ksnd@mail.ksnd.co.jp
Copyright © 2011 Kousendou,Inc. All right reserved.