金曜日   仕組み小説第三部「光を求めて」
  P10 平成24年8月31日(金)

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 耳鳴り耳鳴りやんでくれ、気違いにはなりたくない。耳鳴り耳鳴りやんでくれ、気違いにはなりたくないから。耳鳴り耳鳴りやめてくれ、気違いなんかくそくらえ。
 頭の中で雑音が聞こえていた。キーンという金属音だったり、ガチャガチャした騒音だったり、変な声のようなものだったり。それは外界からのものではないことは明確で、弓彦だけに聞こえる特殊な音だった。そうした特殊感覚に対する対応は、個人的なものでしかなかったが、いくらかできるようになっていた。それは子供たちの特殊能力に対して、親の立場からいろいろ調整させられてきたことが元になっていた。弓彦自身にそうした現象が起こったとき、彼はそれを自分に試してみたのだった。
 おい、やっぱり効果があるんだ。昇にやらせたらうまくいったから、自分で試してみただけなのに。消えていくよ。たったこんなことで。精神病院へ飛び込みたくなるような感じだったんだぞ。子供相手ではあっても、やっぱりトレーニングにはなっていたわけだ。そりゃそうだよなあ、子供を気違いにはしたくないもんなあ。一生懸命やったよ、それなりに勉強もしたし。それを応用しない手はないよなあ。
 旅館に預けておいた車を引き取りに出掛けた帰り道でそういうことが起こったため、彼は車を止めてそれに対処していたのであるが、自分の子供っぽいやり方がおかしくて、笑い出した。外から見ればそれは気違いじみたものでしかないわけだろうけれども、まだ山道で人気のない場所だったので、彼も遠慮なしに笑うことができたのだった。
 四日が過ぎていた。神の光は消えていた。興奮が収まってきたところで、弓彦は車を引き取りに出掛けたのだったが、またまた危ない状態に追い込まれたのだった。今度は車を置いて帰るわけにはいかなかったし、誰かを呼ぶこともできなかった。歩けばバスに乗り換えることはできただろう。しかし彼はそうはしなかった。何とかできるような気がしたし、また何とかしなければ、これからまともに生きてもいけなくなる。それだけは絶対避けなければならなかったし、精神病院のお世話にもなりたくはなかった。

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