金曜日   仕組み小説第三部「光を求めて」
P37 平成25年3月15日(金)

  5

 東京の奥多摩の御岳山に強引に引っ張られる感覚が生じたのは、弓彦が富士山に行くためにいろいろと考えていた頃だった。山に登るには季節はずれだったし、周辺のお寺や神社に行くにはまだ感覚が育ってはいなかった。どうしたものかと考えている彼の内から、高尾山ではなく、御岳山へ登らなければという強烈な意思が湧き上がってきたのは、それから数日してからのことだった。それはとめようのないもので、いてもたってもいられなくなる性質のものだった。
 いったい何なんだこれは? 今は夜だぞ。もう子供たちも寝ているし、紀子だって寝てしまったんじゃないか? どうしろというんだ。こんな状態じぁ車では無理だぞ。電車は動いているのか? 十一時を回っているな。終電車に間に合うだろうか? 仕事どころじゃなくなってしまったじゃないか。困ったな。嫌だよ。できるわけないだろう。山だろう? 
 御岳山には神社のある所までは家族で行ったことがあって、未知の領域ではなかった。しかしそれは車で行った昼のことだったし、一般の道連れだってたくさんいたところでのピクニックだったのだ。ところが今のものは、それまでの感覚とはまったく違う性質のものだった。遊び感覚など全然ない、緊張感と恐怖感が伴っているものだった。自分のものではない意思で動かされるようにして着替えてから、弓彦は紀子が寝ている寝室に入っていった。
「紀子、ちょっと起きてくれ」
「どうしたの?」
「これから御岳山へ行ってくる」
「これから? 一人で? 今何時? 気でも違ったの?」
「悪いな心配かけて。今おかしくなっている。だけど気は狂ってはいない。自分は確かなんだけど、何かが自分を動かしている。たぶん神だと思う。逆らうことができないから行ってくる。危険は多分ないと思う。朝には帰れると思うけど、帰れなかったら子供のことを頼む」
「わかった。気をつけてね」

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