金曜日   仕組み小説第三部「光を求めて」
  P61 平成25年8月29日(木)〜

  8

 月日は流れて三年が過ぎていた。弓彦は二十九才になっていた。家庭は紀子の努力もあってさほど大きな乱れはなかったけれども、弓彦の方は依然として落ち着かない精神状態の中でもがいていた。葉子のいる研究会には都合のつくかぎり出かけていたが、入りきるまでにはいかなかった。変に引っ張り込もうとする操作が感じられると、それに対する反発が起こるからで、何もなければそのまますっきり入り込めたのかもしれなかった。しかし、異次元の何ものかによって操られることには受け入れがたい不快感があったので、それを見極めるまでは自分を預けるわけにはいかなかった。
 会合や滝行に参加すれば葉子に会えたので、そのことが弓彦の気休めになっていた。情けないことではあったが、仕事の調子をつかむためには彼女の存在は不可欠であって、それは彼女が夫や子供と連れ立っていようと変わりはなかった。幸い彼女の夫が受け入れてくれていたので、自然な交流ができたことも彼が研究会に在籍していられる理由の一つだった。それと彼を引き止める大きな原因となったのは、会長の座談会形式の本が大手の出版社から発売され、その本を読んで特別な印象を受けたことがあった。その本の中には他のどこにもない特別なものがあったからである。しかし、それが何であるかという肝心なところにくると、全てはぐらかされて謎になってしまうところは苛立たしいかぎりで、それを突き止めなくては収まらない焦りもあった。
 ある日彼は天谷鎮夫から興味深い話を聞いた。会長の本の下ごしらえをした元会員がいたという話であった。その会員は今は退会しているけれども研究会の会報に文章を書いているので、読んでみるといいと教えてくれたのであった。弓彦は三年の間に、研究会の会報の読めるものは大方読んでいたが、興味を引かれて後半の一年間ほどの間に書かれた元会員の文章を読み直してみた。弓彦は以前その文章を読んでいた。面白い文章を書く会員がいると興味を持ったが、既に退会した後のことで会う機会はないままだった。そのときはそのままで終わってしまったけれども、数年たってその人物との間に特別なかかわりが生まれることになるのであるが、まだ時は熟してはいなかった。
 その頃の弓彦は、滝行と神道研究が深まり続けていたけれども、異次元感覚はかえって乱れが大きくなっていて、それをコントロールすることに苦しんでいた。会長に相談して調整してもらうこともあったが、やればやるだけ逆効果になる傾向があったため、次第にそれも控えるようになっていった。自己調整する方が精神的な安定が得られたからである。しかし、会長との間には変な意思が繋がっていて、それがわずらわし過ぎたし、それを振り払うことができずに苦しむことにもなっていった。
 お前は何だ? 会長の何かだろう? 会長の意思そのものか? それとも手先か? これ以上引きずり込もうとしても無駄だぞ。息子には興味はない。会長ももう老い先短いというわけか。会長が死んだら終わりだよ。死にかかっているよな。会長は何を恐れているんだ? おっと、何だお前は、女の子か。お前だけじゃないだろう、別なのもいるんだろう? 交代しているのがわかるからな。トップ? 何がトップだ、お前がか?
 ちらっと見えたのは可愛い女の子で、そのまわりに動物らしい何かが数匹いるような感じがした。それが何であるかはわからなかったが、そうしたもの達が入れ替わり立ち代り彼の中に入って、会長やその息子、あるいは研究会に彼を引っ張り込もうとしているのが感じられた。そうしたものは以前から感じていたが、それが何であるかは長い間わからなかった。女の子が見えたとき、会長が使っている者たちであることがわかったが、それがいったいどういうものなのかはわからなかった。会長が直接彼をいじくり回している感じもあったが、それにしては長い時間働きかけていたので、そんな暇はないはずだから、何か別なものが働いているという気はしていたのであった。
 それがそうした者たちであることがわかったとき、弓彦はちょっと意外な気がしたが、面白くも感じたのであった。昇や葉子の子供の征司など、異次元がらみの子供とのお付き合いがあったからだったのかもしれない。しかし、そうした者たちを使ってまで他者を操作する手法に関しては、受け入れることができなかった。そうしたものを感じていたから深入りできないままで、結局外回りをうろついていただけだったのかもしれなかった。

back next
e-mail:ksnd@mail.ksnd.co.jp
Copyright © 2013 Kousendou,Inc. All right reserved.